CASE 01 / KIERUKIN
KIERUKIN
次亜塩素酸水「キエルキン」の開発と、社会で使われるところまでの記録。
なぜ、今さら
除菌剤をつくるのか。
次亜塩素酸に可能性を感じて開発を始めようとした頃、周囲から言われたのは「除菌剤なんて今さらやってどうするの? 大手メーカーから買えばいいじゃない」ということでした。
確かにその通りでした。すでに市場には有名メーカーの除菌剤がいくつもあり、わざわざ小さな会社が新しいものをつくる必要などないように見えました。ただ、既存の除菌剤について調べていくうちに、その考えが変わっていきました。
当時、家庭や施設で使われている除菌剤の中には、製品表示だけではすべての成分が分からないものがありました。医薬品ではなく雑貨として販売される製品では、医薬品と同じような成分表示が求められるわけではありません。そこで、実際には何が使われているのかを、一つずつ追っていきました。
その中で気になったものの一つが、Quatと呼ばれる第四級アンモニウム化合物でした。除菌剤として広く利用されている成分ですが、その安全性について調べていくと、効果があることと、人の生活の中で長く使い続けても安全であることは、必ずしも同じではないことが分かってきました*1*2。
毎日使うものを、「除菌できる」という理由だけで選んでいいのだろうか。いろいろな殺菌・除菌成分を調べていくと、安全性を優先すると十分な効果が得られないものがあり、逆に高い効果を持つものは、日常的に使うための安全性に課題がある。「高い除菌力」と「高い安全性」の両立は、思っていた以上に難しかったのです。
そこで、以前偶然出会った次亜塩素酸を思い出しました。
効果と安全性。その両方を、
諦めなくていいかもしれない。
大学発ベンチャーにいた頃、実験の過程で偶然、次亜塩素酸を生成したことがありました。
かなり薄い濃度だったにもかかわらず、驚くほど高い効果を示したので調べてみると、次亜塩素酸は生体内の免疫機構でも利用されている物質だと分かりました。そのときは「なるほど、だから効くのか」と納得し、それ以上深く追うことはありませんでした。
しかし除菌剤について調べるほど、その事実の意味が変わっていきました。低い濃度でも非常に高い効果を示す。その一方で、生体自身も、外敵から身を守る免疫機構の中でこれを生成している。
もしかすると次亜塩素酸は、これまで両立が難しいと思っていた「除菌力」と「安全性」を、非常に高いレベルで両立できるのではないか。
ここから、本格的な開発を始めました。
最初の研究所は、
学生アパートの一室。
次亜塩素酸水を安定してつくる設備がなかったため、生成機そのものから作りました。
学生アパートの一室で部品を集め、配管を組み、生成条件を設計しました。制御のラダーは外部へ委託したものの、機械設計の専門知識があったわけではなく、部品を組み合わせながらの試行錯誤でした。当然、最初は水漏れや故障を繰り返し、とても使えるものではありませんでした。それを一つずつ改善していきました。
生成できるようになってからは、濃度とpHに勾配をつけ、およそ200パターンを比較しました。単純に、最も効果の高い条件を探したのではありません。効果、安全性、保存性。次亜塩素酸に感じた「効果と安全性の両立」を、実際の製品としてどこに着地させるかを探した結果が、有効塩素濃度約200ppm、pH約6.8というキエルキンの基本設計です。
- 有効塩素濃度
- 約 200 ppm
- pH
- 約 6.8(微酸性)
- 比較検討
- 濃度・pH 勾配 約 200 パターン
- 評価軸
- 効果/安全性/保存性

だから、子どもたちに
届けようと思った。
大人は、自分で使うものを選ぶことができます。しかし、保育園や幼稚園にいる子どもたちは、そこで何が使われるのかを自分では選べません。
だからこそ、子どもたちが毎日過ごす環境で使われるものについては、効果だけではなく、安全性についても可能な限り確認されたものであってほしい。
その考えから、2012年に保育園・幼稚園への無償提供を始めました。
ところが、「たとえ無料でも、よく分からない会社がつくったものを、大切な子どもたちに使うことはできない」と言われました。こちらが既存製品に「本当に安全なのか」と疑問を持ったのと同じように、保育施設から見れば、私たち自身が「本当に安全なのか分からないもの」だったのです。
自分たちが安全だと思っているだけでは意味がない。ここから、第三者評価へ進みます。
自分たちが「効く」「安全だ」と
言っても、意味がない。
保育施設から投げかけられた問いに、自分たちの言葉ではなく、データで答える必要がありました。
静環検査センター、日本食品分析センター、東京環境アレルギー研究所などの第三者機関で、細菌・真菌・ウイルス、スギ花粉アレルゲン等について評価を受けました。さらに、変異原性、吸入曝露、皮膚刺激、眼刺激、急性経口毒性、皮膚感作性など、安全性についても外部評価を積み重ねました*3。
目的は「すごい製品」と宣伝することではありません。「本当に子どもたちのそばで使って大丈夫なのか」という問いに、第三者の記録で応えるためです。
- 細菌・真菌・ウイルス
- 静環検査センター/日本食品分析センター ほか
- アレルゲン(スギ花粉 等)
- 東京環境アレルギー研究所 ほか
- 変異原性
- 外部機関にて評価
- 吸入曝露/皮膚刺激/眼刺激
- 外部機関にて評価
- 急性経口毒性/皮膚感作性
- 外部機関にて評価

実験室から、
実際の現場へ。
試験機関で結果が出ても、管理された条件と実際の現場は違う。
そこで、食品製造の現場での実環境試験を始めました。国内大手食品メーカー2社の製造現場で、キエルキンと設備を渡し、試験自体はメーカー側が独立して実施しています。管理された試験環境ではなく、日々ものをつくり続けている現場で、同じ結果が出るかどうかを見るためです。
さらに厳しい環境で確かめるため、医療現場へ向かいました。大阪の医療機器メーカーの社長から、杉町圭蔵先生を紹介されました。
- 九州大学医学部 第二外科 教授
- 九州大学 医学部長
- 第99回 日本外科学会 会長
- 日本癌治療学会 理事長
- 当時 — おんが病院・おかがき病院 統括院長
その杉町先生に、初対面で最初に言われた言葉があります。
「吉武君、空間除菌は医療業界では“ない”となっている」
杉町 圭蔵 — 初回面談にて
そこで、実際の医療環境において、次亜塩素酸水のドライミスト使用前後で環境中の細菌数がどのように変化するのかを測定することになりました。

人が動き続けるHCUで、
何が起こるのか。
実際のおんが病院のHCU(高度治療室)で検証しました。
医師、看護師、患者、人の出入りがある通常の医療環境を、止めずに実施しました。実験で特に難しかったのは、測定そのものよりも、看護師の動線を邪魔せずに実験を成立させることでした。現場と何度もコミュニケーションを取りながら進めました。
50ppmの次亜塩素酸水をドライミストとして使用し、落下細菌と浮遊細菌を測定しました。中心となったのは、浮遊細菌の数値です。
- 環境
- 稼働中の HCU(人の出入りあり)
- 方法
- 次亜塩素酸水 50 ppm ドライミスト
- 測定
- 落下細菌/浮遊細菌
「33%しか」ではありません。人が絶えず出入りし、微生物が持ち込まれ続ける実際のHCUで、それでも菌が減った。管理された実験室ではなく、動き続ける現場での結果だったからこそ、医師たちが驚きました。


データを、
外へ出す。
結果は、自社資料にしませんでした。医師たちとともに、学会へ出しました*5。
データを外に出し、第三者の目にさらすところまでを、一連の作業だと考えたからです。
- 2013 — 日本外科感染症学会
- 「HCUの空気清浄度と次亜塩素酸水ドライミストによる環境除菌効果に関する検討」
- その後
- 日本環境感染学会/日本臨床外科学会/日本外科学会 ほかで関連研究を報告
- 2015 — 46th World Congress of Surgery(Bangkok, Thailand)
- “ENVIRONMENTAL SANITIZATION IN THE HOSPITAL WITH THE HYPOCHLOROUS ACID.” T. Suehiro, Onga Hospital
- 抄録の記載
- 50 ppm・湿度約 60% での方法と、浮遊細菌が約 2/3 まで減少した結果を記録


データがあっても、まだ
社会には広がらない。
第三者評価や医療研究を積み重ねても、社会にはまだ広がりませんでした。
保育施設からは、今度はこう言われました。「無料なのは、いまだけでしょう」「サンプルで、いずれ有料にするんでしょう」。企業が無料と言っても、営業に見えてしまう。
そこで、「一般社団法人 子どもたちの集団感染を防ぐ会」を設立しました。販売活動とは異なる立場を明確にしたうえで、無償提供を継続しました。
紹介によって少しずつ、施設へと広がっていきました。社会貢献として続けた活動が支持者を増やし、結果として、一般販売も伸びていきました。
- 開始
- 2012 —
- 提供先
- 保育園・幼稚園 ほか(紹介により拡大)
- 提供施設数 / 対象人数
- [最新の公表値を確認して掲載]
名前が出なくても、
伝わった。
当時、ノロウイルスやインフルエンザの感染者が全国的に増える中、横浜市内のある保育施設では感染者が一人も出ていないとして、テレビ朝日「モーニングバード」の取材を受けました。
番組の取材対象はKIERUKINではありませんでした。なぜこの園では感染者が出ていないのか。その取材の中で、園側が普段行っている取り組みの一つとして、KIERUKINのボトルを手に次亜塩素酸を使用していることを紹介しました。
放送では「KIERUKIN」という商品名は一切出ていません。
それでも放送直後、画面に映ったボトルからKIERUKINを見つけた視聴者から問い合わせが殺到しました。電話が鳴り続け、WEBサイトにもアクセスが集中し、どちらも対応できなくなるほどでした。
私たちが広告を出したわけでも、商品名を紹介してもらったわけでもありません。使っていた人が、自分たちの現場で使っているものとして語った。その姿を見た人たちが、自分でKIERUKINを探し出した。
それまで限られた現場で使われていたKIERUKINが、一気に社会へ知られていく転換点になりました。


ルールを守っていても、
事故は起こる。
静岡県内の給食施設で発生したノロウイルス事故を知ったことも、学校給食の衛生管理について考える大きな契機になりました。その施設では既存の衛生管理プロトコルが厳格に運用されていたと聞いています。
「決められたことを正しく行っていても、なお残る課題に何ができるのか。」
その問いを持って、学校給食の現場とも関わるようになりました*6。

製品を送るのではなく、
つくれるようにする。
2014年、西アフリカでエボラ出血熱の流行が続く中、リベリア共和国大使館との協議を経て、KIERUKINを現地へ提供しました*7。
同年11月に行われた2度目の協議では、すでに第1便が出発していましたが、日本から継続的に輸送するには必要量と輸送時間が課題になっていました。
そこで私たちが提案したのは、製品を送り続けるのではなく、生成機そのものを現地へ提供することでした。

使う人が、
次の使い方を見つける。
2017年1月、ローソンへの供給を開始しました。
きっかけは、静岡市内の店舗が抱えていた、既存の衛生管理に関する現場の課題でした。店舗オーナーと解決方法を考え、本部へ提案しました。その後、女性店長が集まる全国会議でも、現場側からキエルキンの利用が提案されました。本部側でも第三者機関による性能評価を行い、その結果を経て供給が始まりました。
物流拠点への納品後は、ローソン側で各店舗へ配送されるため、正確な店舗数は把握していません。ただ、重要なのは店舗数ではありません。自分たちが考えていなかった使い方を現場の人が見つけ、その人自身が、次の人へ提案し始めた。社会実装の段階が、ひとつ変わったということです*8。
つくって終わり、
ではなかった。
キエルキンを通して繰り返したことは、いつも同じ形をしていました。
疑問を持ち、調べ、つくり、失敗し、条件を変えて試す。第三者に確かめてもらい、現場へ持っていき、そこで疑われ、さらに検証する。そして、使う人から次の課題を教えてもらい、社会で実際に使われるところまで持っていく。順番が前後することはあっても、この繰り返しから外れたことはありませんでした。
FIG. 12. 疑問 → 調査 → 生成機の自作 → 条件設計 → 保育施設への無償提供 → 第三者評価 → 食品現場 → 医療現場での検証 → 学会発表 → 海外への技術移転 → 現場発の新しい用途。単線ではなく、現場からの問いが条件設計へ戻る往復がある。
分からないものをそのままにせず、現場へ行き、分解して、試して、また考える。
学生アパートの一室で生成機を組んでいた頃には、それが病院のHCUで研究され、国際学会で報告され、海外へ渡り、全国の子どもたちが過ごす場所やコンビニエンスストアで使われることになるとは、想像していませんでした。
「そんなことができたら」と思っていたものを、本当に使えるところまで持っていく。キエルキンは、私たちにとって、その最初の大きな実例です。
注記
本文中の * 番号は、ここに対応します。本筋の補足・注意事項です。
- *1
Quat(第四級アンモニウム化合物)は除菌剤として広く使われる一方、日常的・長期的な使用における安全性は、除菌効果とは別に検討する必要がある。米国では、一部の第四級アンモニウム化合物への曝露によってマウスの生殖成績に影響が生じたことを示す研究が報告されている。↩
- *2
動物実験で確認された影響を、そのまま人間に当てはめることはできない。ここで述べているのは「効果があること」と「長く使い続けても安全であること」を同一視できない、という点である。↩
- *3
第三者評価の試験年・機関・条件・結果は、公開可能な範囲で正式な試験報告書に基づき整理して掲載する。ここに示した区分は評価の範囲を示すものであり、個別の効能・効果を保証するものではない。↩
- *4
当時、プラズマ系空気清浄機などによる空間除菌の実効性を疑問視する研究結果が、感染制御の分野から報告されていた。本文では特定の製品名・メーカー名は挙げない。出典は [01]。↩
- *5
ここに挙げるものは学会発表・抄録・研究報告であり、査読付き原著論文と一括りに「論文」とは表現しない。名称・年・演者は記録に基づく。↩
- *6
本節が扱うのは「衛生管理を遵守しても残るリスク」という問いである。キエルキンがノロウイルス事故を防止できると述べるものではない。↩
- *7
本項は当時の提供および協議の経緯を記録するものであり、特定の感染症に対するKIERUKINの有効性を示すものではありません。↩
- *8
本節が記録するのは、供給に至った経緯と、現場から次の使い方が提案されていった過程である。キエルキンは雑貨であり、用途を効能として訴求するものではない。↩
参考文献
本文中の [ 番号 ] は、論文・試験資料などの出典を示します。注記とは別の体系です。
- [01]
西村秀一「殺菌力を謳う各種空気清浄電気製品の,塗布乾燥状態の細菌に対する効果の有無の検証」環境感染誌 Vol.27, No.5, 2012.
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jsei/27/5/27_12-018/_pdf↩